ブログトップ

手から生まれるもの 

ripplehair.exblog.jp

曽根綾子「誰のために愛するか」を読みました。

借りて読んだ本です。

この本は、ワーキングマザーの方が読むと非常に共感できると思いました。

愛の書簡1~6までの曽根さんの言葉を載せておきます。

・惑うとき

愛が愛として存在するのは、自分が努力してそうなっているのではない。愛したのではない。私たちはその時愛する能力を与えられたのである。

・迷ったとき

結婚の最も素朴な情熱は、好意を持ち合った相手と一緒に暮らしたい、ということである。生活費が足りないからとか、式の費用がたまらない、などの理由で何年も待てる人は、理性的かもしれないが、どこか素直でないように思う。

・傷つくとき

じぶんから運命を切り開いていくも英雄かもしれないが、私は与えられた生活をじっと受け止めていく人の控え目な勇気を、もっと美しいと思うときがある。

・美しさを欲しいとき

凡庸な母のなし得る最も偉大なことは、子供が小さいときはただ、生きていて傍にいてやることではないだろうか

・突きあたったとき

人間は苦しみ、迷うべきものなのである。そうやすやすと救われたりするものではない。戦争もなくすんでいる今、私たちが戦うべきは、自分の中にいる敵である。

・わからなくなるとき

人生において、何が正しいか、だれにもわからないのだから、自分の思う通りに進んで、その結果を他人の責任にしないことが大切ではないかと思う。




私がこの本で印象に残った部分は

<自ら切り開いていく自覚>

そもそも、生活というのは、めいめいがそれぞれに悩みを抱えているはずのものだ。 今は、民主的な世の中の中で、誰もが同じことをできる権利があると子供ばかりではなく親も信じがちである。

そんなはずはない。

権利は人間として基本的な線においてのみ平等であるだけで後は、個人の性格、運不運、才能、勤勉さ、努力するかしないかによって当然違うのが当たり前なのである。

すべてを自分で選んで、自分から努力して摂取していくものである。 黙って与えられるものではない。


という部分です^^ 



非常に読んでいて気持ちのいい本でした!


誰のために愛するか (曽野綾子著作集/愛1)
by カエレバ

[PR]
by ripplehair | 2013-12-15 16:09
<< こんなに遅くなりましたが・・・... 野菜を食べてストレス発散 >>